成蹊探訪

成蹊探訪 31

慰霊ブロンズ碑(戦没者慰霊碑)

 本館正面玄関の2階踊場の壁に、ブロンズの慰霊碑がはめ込まれています。碑文には、
「祖國のために戦没された
職員卒業生に慰霊の誠を
捧げここにその名をしるす」
昭和三十九年七月 成蹊學園
のことばと共に本学園創立以来戦没された方々の名前が記されています。制作当時卒業生・生徒78名、教職員12名の計90名でしたが、昭和46(1971)年12月に6名、平成13(2001)年7月および、平成14(2002)年1月にそれぞれ1名が追記され、現在98名の戦没者の名前が記されています。
 昭和39(1964)年9月2日付讀売新聞武蔵野版の記事によると、慰霊碑の制作は、成蹊学園評議員会議長で経団連会長であった石坂泰三氏が、フィリピンで戦死した二男泰助氏(旧制高校16回卒)への遺族年金を学園に寄付されたことをきっかけに始まりました。学園では昭和30(1955)年から8年を要して戦没者を名簿にまとめ、その後東京芸術大学鋳金科の西大由教授に制作を依頼しました。慰霊碑の戦没者名は、母国に殉じた卒業生の名を碑に刻み、永久に記念している英国のイ一トンカレッジの例にならったということです。学園では、これまでの終戦記念日における正門での半旗の掲揚をやめ、本年度からは慰霊碑に生花を捧げて戦没者を追悼しています。
【文:企画課】
慰霊ブロンズ碑(戦没者慰霊碑)


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